「早くしなさい」と言う前に。禅の3つの言葉と7つの習慣で、子育ての“反応”を“選択”に変える

栄養カウンセラー ちあきこの記事を書いた人
栄養カウンセラー ちあき
小児外科専門医 小森広嗣 監修

こんにちは、『7つの習慣®』実践会認定ファシリテーターのちあきです。

「宿題やったの?」「片付けた?」「何回言ったらわかるの!」

夕方、気づくとこの3つを続けて言っている日があるんです。しかも、言いながら私のほうが焦りとイライラでいっぱいになっている(苦笑)。

先にお伝えすると、子どもを動かす言葉を探す前に、親が自分に戻るための言葉を3つ持っておくと、夕方の空気が少し変わるんです。今日は、その3つを禅の言葉からお届けします。

前回は、仏教の「六道」と『7つの習慣』の「パラダイム(ものの見方)」を重ねるお話をしました。同じできごとでも、どんな眼鏡をかけて見るかで、見えている世界が違ってくる、というお話です。

今回はもう一歩進んで、「見方」から「やり方」へ。見方が変わると、きっと何かを実行したくなりますよね。でも、話を聞いて「そうだそうだ」とうなずいて、それで終わってしまうことも多いと思うんです。いざやろうとすると、意外と勇気が出なかったりして。

だから今回は、禅の言葉を3つ、お守りのように持っておけたらと思います。よいしょ、よいしょと、一歩ずつ動き出せるように。

この記事でわかること

  • 第1の習慣「主体的である」は、何でも自分でやることではなく、まず自分を整えること
  • 脚下照顧(きゃっかしょうこ):子どもに言う前に、自分の足元を見る
  • 放下著(ほうげじゃく):「こうあるべき」をいったん置く
  • 喫茶去(きっさこ):ぶつかったら、まずお茶を一杯。物理的にスペースを置く

「主体的である」は、まず自分を整えること

『7つの習慣』の第1の習慣は「主体的である」です。

主体的というと、「何でもかんでも自分でやります」というイメージを持たれるかもしれません。でも、ここで大切にしたいのは、もっと手前のこと。まず、自分自身を整えることなんです。

『7つの習慣』では、できごとと自分の反応のあいだに、スペースを置くと考えます。そして、そのスペースの中で「私は今、何を選ぶ?」と決める。選んだところから、はじめて行動が生まれます。

とはいえ、子育ての真っ最中にこれをやるのは、本当に難しいんですよね。そこで手がかりになるのが、今日の禅の言葉です。

脚下照顧:子どもに言う前に、自分の足元を見る

1つめは脚下照顧(きゃっかしょうこ)。ひと言で言うと、「自分の足元をよく見なさい」という意味です。

子育てをしていると、ドキッとする場面がたくさんあるんです。

  • 「スマホばっかり見ないで」と言いながら、親自身もスマホを見ていないかな
  • 「早くしなさい」と言いながら、自分自身が焦りとイライラでいっぱいになっていないかな
  • 「ちゃんと話を聞いて」と言いながら、子どもの話を最後まで聞けているかな

最後のひとつは、私も耳が痛いところです。「話しなさい」と言っておきながら、つい「いや、だからここはこうなんだよ」と口を挟みたくなる。『7つの習慣』でいう自叙伝的反応(相手の話を、自分の経験や考えに引き寄せて受け取ってしまうこと)ですね。

反省ではなく、「私にできること」に戻る

ここで大事なのは、「やっぱり私はダメだ、反省しなきゃ」で終わらせないことなんです。

足元を見るのは、自分を責めるためではありません。自分が影響できるところは、どこだったっけと戻るためなんです。

  • どんな顔で、子どもに話すか
  • どんな言葉を選ぶか
  • 今話すか、少し時間を空けてから話すか

これは全部、私たちが自分で選べることです。

相手を変えたい、動かしたい、という場所からではなく、「じゃあ、私はどうする?」という場所から始める。たとえば「お風呂に入りなさい」ではなく、「じゃあ、一緒に入ろうか」。「スマホやめなさい」ではなく、「これ以上続けたら、体はどうなるかな」と、子ども自身にも考えてもらう。

ただし、守ってほしい軸は、親として守っていいんです。その軸の中で、「あなたはどう決める?どう動く?」と話し合う。そんな関わり方を、一緒に練習していけたらと思っています。

放下著:「こうあるべき」を、いったん置く

2つめは放下著(ほうげじゃく)。「手放しなさい」「置いてきなさい」という意味だそうです。

手放すって、どういうこと?と思いますよね。でも私は、これが子育てにすごく大事だと感じています。

子どもの年齢が上がるにつれて、こんな言葉が増えていきませんか?

  • 「中学生なんだから、こうあるべき」
  • 「お兄ちゃん(お姉ちゃん)なんだから、下の子には優しくしなさい」
  • 「普通はこうするでしょ」
  • 「親がこれだけやってるんだから、少しくらい分かってよ」

実は私たち、子どもそのものに苦しんでいるのではなく、自分の中にある「こうあるべき」というパラダイムに苦しんでいることが多いんです。あるべき姿を子どもに押し付けて、そのぶん、自分も苦しくなってしまう。

だから、放下著。手放すのは、子どもではありません。自分の「こうあるべき」という考えのほうです。

一回だけ、その考えを机の上に置いてみる。それだけで、反応的にならずに子どもと向き合える瞬間が、少し増えるんじゃないかなと思うんです。

喫茶去:ぶつかったら、まずお茶を一杯

3つめは喫茶去(きっさこ)。禅の中でもいろいろな解釈がある言葉だそうですが、日常の言葉にするなら「まあ、お茶でもどうぞ」です。

スペースを置けないまま、「でも、こうなんだから、あなたもこうしなさい」と言ってしまう。子どもは「うるせえな」とドアをバタン。そんなこと、ありませんか?

そんなときほど、「ちゃんと話しなさい」「ここで決めなさい」「逃げないで」と言いたくなるんですよね。でも、そのまま押しても、やっぱりうまくいかないんです。

だから、その時こそ喫茶去。

  • 「ちょっとお茶でも飲もうか」
  • 「アイスでも食べようかな」
  • お茶がなければ、1分だけ待つ
  • 「いったん、お風呂に入ってくるね」とその場を離れる

一瞬、問題から逃げているように感じるかもしれません。でもこれは、感情を感情でねじ伏せる反応ではなく、自分がもう一度「いい選択」をできる状態に戻るためのアクションなんです。スペースを、物理的に置くということですね。

落ち着いたら、もう一度話す

自分の状態が戻ってきたら、もう一度話してみます。わが家だと、こんな感じです。

「さっきは強く言いすぎて、本当にごめんね。お母さん、どうしても不安があって、ついつい感情的になっちゃったんだよね」

感情的になったことは、きちんと謝る。そのうえで、「親としては、こういうふうに心配しているんだよね。あなたは、どうしていきたい?」と聞いてみる。

時間を分けることで、自分も「本当はどうしたかったんだっけ」というところに戻ってこられます。私の場合、その答えは、子どもとハッピーに過ごしたい。親子で仲良く、いい関係でいたいからこそ、ぶつかることもあるんですよね。

イラッとしたら、喫茶去。お茶を一杯。それくらい小さな合図があると、少し肩の力が抜ける気がします。

心のスペースは、体からもつくれる

栄養カウンセラーとして、ひとつ添えさせてください。

おなかが空きすぎてイライラすること、ありますよね。私もいまだにあるんです。夕方は、大人も子どももおなかがすいて、一日の疲れがたまっている時間。言葉がとがりやすいのは、気持ちの問題だけではなく、体の余裕が少ない時間だからなのかもしれません。

だから、喫茶去のお茶の一杯は、体をひと休みさせる時間でもあるんです。お茶の代わりに、温かいお味噌汁を一杯でもいい。朝、忙しくて菓子パン1つで出かける日が続いているなら、まずはお味噌汁一杯から足してみる。

心の持ち方だけで、なんとかしなくていいんですよね。食べるもので体が整うと、心にもスペースを置きやすくなる。食事から体へ、体から心へ。私が心と体の栄養を一緒にお伝えしているのは、そのためなんです。

3つの言葉を、お守りに

迷ったときの目安を、置いておきますね。

  • 脚下照顧:子どもに言いたくなったら → 「私の足元は、どうだろう?」
  • 放下著:「普通は」「〜なんだから」が出てきたら → 「この『こうあるべき』を、いったん置けるかな?」
  • 喫茶去:ぶつかってしまったら → 「まず、お茶を一杯」

どれも、子どもを変えるための言葉ではなく、親が自分を選び直すための言葉なんです。

漢字を調べてみると、それぞれの意味がすっと入ってきますよ。番組の中でも、ナビゲーターの水野さんが「漢字を見ると、なるほどって説明がぴったりきますね」と話してくれました。

ここまでできていれば、大丈夫です

  • 言う前に、一度だけ「私、今どうなっているかな?」と思い出せた
  • 「〜なんだから」が出たことに、あとからでも気づけた
  • ぶつかった日に、お茶を一杯、またはその場を少し離れられた
  • 落ち着いてから、「さっきは言いすぎたね、ごめんね」と言えた

よくある質問

主体的になるって、親が全部自分でやることですか?

いいえ、何でも自分でやる、ということではないんです。いちばん手前にあるのは、できごとと自分の反応のあいだにスペースを置いて、「私は今、何を選ぶ?」と決めること。まず自分を整えることから始まります。

喫茶去は、問題から逃げていることになりませんか?

逃げているように感じるかもしれません。でも、感情が高ぶったまま話を続けても、うまくいかないことがほとんどなんです。一度離れるのは、自分がもう一度いい選択をできる状態に戻るため。落ち着いたら、ちゃんと話の続きに戻ります。

「こうあるべき」を手放したら、甘やかしになりませんか?

手放すのは、親の中の「普通は」「〜なんだから」という思い込みのほうです。してはいけないこと、守ってほしい軸は、親として守っていいんです。その軸の中で、「あなたはどう決める?」と話し合う。それが、子どもが自分で選ぶ力につながっていきます。

やっぱり感情的になってしまった日は、どうしたらいいですか?

そんな日もあって当たり前です。私もあります。落ち着いてから、感情的になったことを謝って、「本当は、こう心配していたんだよ」と伝える。ぶつかって、戻って、また選び直す。その繰り返しで大丈夫なんです。

今日からできる、小さな一歩

今日、子どもに何か言いたくなったら、言う前に一度だけ、自分の足元を見てみませんか。

「私、今どうなっているかな?」

それだけで、反応が選択に変わるスペースが、ほんの少し生まれます。うまくいかなかった日は、お茶を一杯飲んで、また明日。

完璧な親でいる必要はないんです。ぶつかって、戻って、また選び直す。そんな毎日を、一緒に重ねていきましょうね。

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この記事をお届けした人

栄養カウンセラー ちあき

ちあき(小森 千明)
元・特別支援学校教諭 | 栄養カウンセラー
── ライフコーディネーターとして、ご家族の食卓と、毎日の選択の隣にいます

特別支援学校の教員でした。教えていたのは、音楽です。言葉にならない声を、聞き取る仕事でした。その聞き取り方を、いちばん近いところで試されたのが、わが子の子育てです。

メロディーは、その人のもの。私が変えるのは、リズムのほう。

小児外科専門医のクリニックで、栄養カウンセリングを重ねてきました。いまも毎日、現場にいます。

弘前大学 教育学部 障害児教育課程卒。特別支援学校教諭一種免許(知的障害・肢体不自由・病弱)、中学校・高校 音楽教諭一種免許。オーソモレキュラー・ニュートリション・エキスパート(ONE)認定。『7つの習慣®』実践会認定ファシリテーター。3児の母。

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ちあき|こどもの栄養カウンセラー×3児の母🌱 @LifeCrescendoC