本を読んだ。講座にも出た。ノートも取った。それなのに、家に帰れば同じことで同じように腹を立てている。——そういう時期が、私には長くありました。
学びが足りないのだと思って、また次の本を買う。けれど、変わらない。
今日は、その距離について書きます。
1. 私は、家族を表面でしか見ていませんでした
『7つの習慣』を学ぶまで、私は家族のことを表面でしか見ていませんでした。
遅い。片づかない。言ったことをやらない。——目に入るのは、そういう事実だけです。事実は正しいので、こちらの言い分はいつも通ります。通るのに、何も変わりません。
一人で苦しんでいた時期があります。家庭がうまくいかないのは、自分の努力が足りないからだと思っていました。だから、もっと頑張ろうとしました。
2. 「知った」だけでは、何も変わりませんでした
そこで出会ったのが、パラダイムという言葉です。ものの見方、という意味で使われます。同じ出来事でも、どのレンズで見るかで、まったく違うものになる。——この一行を知ったとき、世界はずいぶん広がりました。
けれど、知っただけでは、実践は伴いませんでした。
これは、私にとっていちばん苦い発見でした。理解は一瞬で終わります。実践は、毎日続きます。理解した翌朝も、私は同じ言い方で、同じことを言っていました。
知識は、地図です。地図を手に入れた人と、実際に歩いた人は、別の人です。
3. 実践して初めて、見える世界が五倍にも十倍にもなりました
やってみて、はじめて分かったことがあります。
見える世界が、五倍にも十倍にも広がりました。
同じ出来事が、前より豊かに見える。人の言葉の奥に、別のものが見える。
「早く」と言われた子が黙ったとき、それが反抗なのか、疲れなのか、恥ずかしさなのか。——以前の私には、その全部が「反抗」に見えていました。見ようとしなかったのではありません。私のレンズに、その色が無かったのです。
4. いちばんの成長は、「狭いところで頑張っていた」と分かったこと
そして、こうも思いました。——以前の自分も、確かに頑張っていた。ただ、とても狭いパラダイムの中で頑張っていたのだと。
それが分かったことが、いちばんの成長だったかもしれません。
頑張りが足りなかったのではありません。力のかかる範囲が、絞られていたのです。絞ること自体は、悪いことではありません。絞らなければ、何も掘れません。ただ、掘り切ったあとも同じ絞り方を続けていると、力があるほど壁に当たります。
そこから、二つのことができるようになりました。自分をそのまま受けとめられるようになったこと。そして、人を信頼して任せられるようになったこと。家の中で、一人ではたどり着けなかったところへ、二人だからたどり着けた——ということが、何度も起きるようになりました。
5. それでも、うちは一進一退です
こう書くと、うまくいっているように読めるかもしれません。そうではありません。
問題は、起きます。うちも、一進一退です。二歩進んだと思ったら、三歩下がる月があります。ただ、問題が起きない世界の退屈さも、いまは知っているつもりです。
変わったのは、谷に入ったときの感じ方のほうでした。「この先には、必ず未来がある」と思えるようになった。そして、そう思いながら、二人で前へ進めるようになった。——それが、私にとっていちばんの財産です。
6. 農場の法則 ── 明日、いきなりは実りません
作物は、今日がんばったから明日いきなり実るものではありません。種をまき、水をやり、手入れを続けて、時間をかけて育ちます。人の成長も、習慣づくりも、同じです。私たちはこれを「農場の法則」と呼んでいます。スティーブン・R・コヴィー『7つの習慣』にある考え方です。
近道はありません。というより、近道を探している時間のほうが、たいてい長くつきます。
本物の喜びは、コツコツと謙虚に努力した先にある。——これが、私たちの家の理念です。
知識の前に、この練習を
知っていることと、できることのあいだには、距離があります。その距離は、意志の強さでは埋まりません。埋まるのは、続けられる形になったときだけです。
だから私たちがお渡ししたいのは、知識そのものよりも、知識が力に変わる形のほうです。
実践は、いまも続けています。続けている人にしか見えない景色がある——それが、この十年で分かったことです。よければ、ご一緒しませんか。
はじめの一歩
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