だから、仲間と歩く場所にしました
コーチがつくかどうかで、到達する場所が変わる。先ほど、そう書きました。もうひとつ、同じくらい大きなものがあります。誰と一緒に歩くかです。
朱に交われば赤くなる、と言います。人は、周りの色に染まります。それは弱さではなく、人という生きもののつくりです。だとすれば、どの色の中に身を置くかという選択は、どの方法を選ぶかよりも、ずっと大きく効いてきます。
同じ方向を向いた人たちの中にいると、続けることが「頑張ること」ではなくなります。それが、その場所の当たり前になるからです。
だから私たちは、集ってくださる方を「お客様」とは呼びません。同じ道を歩く仲間だと思っています。
そして、成果が出るところまで行くには、教育という視点が要ります。この事業を行っているのは、そのためです。
原則に沿って生きることは、楽をすることではありません
ちあきが育ったのは、三陸——岩手の海辺の町です。あの海のいちばんおいしいものは、断崖を降りた先にあります。富士山も、遠くから見れば美しく、近づけば命に関わります。自然は、美しいものであると同時に、厳しいものです。
原則に沿って生きるというのも、それと同じです。楽な道でも、自分さえよければいいという道でもありません。人生百年と言われる時代に、自分の軸を一本、立てるということです。
私たちはそれを農場の法則と呼んでいます。種を蒔き、水をやり、雑草を抜く。飛ばせる工程はありません。
農場に一夜漬けは通用しない。春に種蒔きを忘れ、夏は遊びたいだけ遊び、秋になってから収穫のために一夜漬けで頑張る。そんなことはありえない。農場は自然のシステムで動いている。必要な務めを果たし、定まった手順を踏まねばならない。種を蒔いたものしか刈り取れない。そこに近道はないのだ。
スティーブン・R・コヴィー『完訳 7つの習慣 人格主義の回復』フランクリン・コヴィー・ジャパン訳、キングベアー出版、2013年、13ページ
近道はご案内できません。けれど、耕し続けた土からしか、実りは出てきません。
——そして、その先があります。
調べれば、たいていの答えが出てくる時代です。人生の設計図も、先の見通しも、検索すれば手に入る。それなのに、どこかで物足りなさを感じている方がいます。
その物足りなさは、何かが欠けている音ではなく、まだ鳴らしていない音だと思っています。
自分の人生のリーダーシップを、自分で取る。そして、志を同じくする仲間と、磨き合う。
私たちが最後に届けたいのは、そこです。
この記事は、私たちが大切にしていることから独立させたものです。まずは声から——Podcast『愛でいっぱいまるまるタッチ』。
