【週刊 LifeCrescendo】「自分一人で」の限界を超える。――家族と登る山、師から学ぶ型、その先に待つ景色。

今週も、LifeCrescendoの探求の旅にお付き合いいただき、ありがとうございます。

私たちはよく、責任感が強ければ強いほど、「自分の足で立ちなさい」「人に迷惑をかけてはいけません」という言葉を、心の奥深くに刻み込んで生きています。

それはとても尊いことですが、時にその「自立」への強迫観念が、私たちを孤独な闘いへと追い込み、人生の彩りを奪ってしまうことがあります。

今週お届けした二つの記事は、奇しくも、そんな「個の限界」を、全く異なるアプローチで突破するための処方箋となりました。

「効率」よりも大切な「収穫」を求めて

ライフコーディネーター・ちあきからは、『「一人で頑張らなきゃ」と思い込んでいませんか?』という問いかけが届きました。

紹介されたのは、息子さんとの「お団子登山」のエピソード。

大人の足なら60分で登れる山も、子どもと一緒なら何倍も時間がかかります。「早く行きたい」「抱っこして」という要望に応えることは、一見すると非効率で、痛みすら伴うプロセスです。

しかし、彼女は気づきます。

目指していたのは「早く登頂すること(効率)」ではなく、「家族みんなで、山頂で美味しいお団子を笑って食べること(豊かな収穫)」だったのだと。

これは、『7つの習慣』でいう「相互依存」の実践です。

一人で完結する「自立」のステージを超えて、誰かと共に歩むからこそ味わえる、何倍もの喜び。それは、「待つ」という愛の実践の先にありました。

「我流」を捨て、「型」という器に入る

一方、哲学医・小森広嗣の記事『なぜ、あの人は「絶対に手放したくない」と思われるのか。』は、キャリアにおける「個の限界」にメスを入れました。

才能ある若者が陥りがちな罠。それは、小手先のスキル(Doing)を覚え、自分なりのやり方で成果を出そうとすることです。

しかし、医師は断言します。AIすら台頭する現代において、真に求められるのは、地味で目に見えない「型(Being)」という土台である、と。

「矯正ギプス」のように窮屈な、組織や師の「型」。

それに自らを委ね、徹底的に真似る(学ぶ)プロセスは、苦しいものです。しかし、その「守破離」のプロセスを経ることでしか、決して崩れない信頼と、全体を俯瞰する「メタ認知」は手に入らないのです。

結論:委ねる勇気が、人生をクレッシェンドさせる

家族のペースに合わせることも、師の型に自分を合わせることも、ある種のエゴ(我)の手放しを必要とします。

「私一人ならもっと早くできるのに」という声を鎮め、他者と共に在ることを選ぶ。

その時、私たちは「孤独な優秀者」から、「響き合うチームの一員」へと進化します。

一人では決して見ることのできなかった景色は、きっとその先に広がっているはずです。

この記事を書いた人

アバター画像

哲学医

哲学医の小森です。メスを哲学に持ち替えた小児外科医として、物事の「なぜ」を深く問い、人生の再生に向けた「思考の設計図」を描いています。挫折という「ヒビ割れ」を、その人だけの輝きに変える「金継ぎ」の哲学を探求しています。

▼哲学医の詳しい人物像や物語はこちら