その「失神」は、君の努力を裏切らない。――哲学医が処方する、自律神経という“見えない味方”との付き合い方。

哲学医(小森 広嗣):

この記事は、夏の盛りに、あるいは人生の正念場で、自分の意志とは裏腹に、体が悲鳴をあげてしまうような、そんな経験をした誠実な君と、そのご家族に向けて書いています。

先日、私の診察室に、一人の真面目な受験生が、心配そうな表情のお母様と共に訪れました。

「朝、ランニングを終えてソファで少し休んだ後、立ち上がったら、そのまま前のめりに倒れてしまった」と。幸い大きな怪我はありませんでしたが、倒れた瞬間の記憶はなく、ご本人もご家族も、大きな不安に包まれていました。

これほどまでに努力を重ねているのに、なぜ体は突然、主人の言うことを聞かなくなってしまうのか。この記事では、その根本原因と、君自身でできる具体的な解決策を、深く、そして分かりやすく解説していきます。

その症状、9割は「病気」ではないという事実

多くの方がまず「心臓や脳に、何か重い病気が隠れているのではないか」と心配されます。そのお気持ちは痛いほど分かりますし、私たち医師も常にその可能性は念頭に置きます。

しかし、ここで一つ、知っておいてほしい医学的な事実があります。

日本循環器学会が発行するガイドラインにおいても、子どもや若者の失神の原因として最も多いのは「反射性失神(迷走神経反射など)」であり、全体の約9割を占めるとされています。これは、心臓や脳の深刻な病気が原因であるケースは、むしろ稀である、ということを示しています。

では、その9割を占める「反射性失神」の正体とは何か。

それこそが、君の誠実さと努力が生み出した目に見えない「疲れ」を震源地とする、自律神経の”一時的な機能不全”なのです。

君の相棒、「自律神経」という“奇跡”の身体システム

自律神経。それは、君が意識しなくても24時間365日、心臓を動かし、呼吸を整え、体温を保ち続ける、身体に搭載された、奇跡的な生命維持システムです。

その能力がいかに驚異的か、一つ例をあげましょう。

君がベッドで寝ている状態から、すっと立ち上がる時。物理の法則に従えば、約1.5リットルもの血液が、一瞬で重力に引かれて下半身へと落ちていこうとします。もしそうなれば、脳は深刻な酸欠状態に陥り、私たちは毎日何度も気を失うはずです。

しかし、そうはならない。

なぜなら、君が「起き上がろう」と意識する0.コンマ数秒の世界で、君の自律神経は、足や腹部の血管を『ギュッ!』と瞬時に収縮させ、血液が下へ落ちるのを防ぎ、力強く脳へと押し上げる、という離れ業をやってのけているからです。

これは、意識して到底できることではない、まさに身体に秘められた、驚くべき「潜在能力」です。この目に見えないファインプレーが絶妙に、そして瞬時に働いている時、君の体は最高のパフォーマンスを発揮できる状態にあるのです。

この奇跡的な調整は、主に二つの神経の絶妙なバランスによって成り立っています。

神経の種類モード主な働き
交感神経アクセル/活動モード心拍数を上げる、血圧を上げる、集中力を高める
副交感神経ブレーキ/休息モード心拍数を下げる、リラックスさせる、消化を促す、体を修復する

重要なのは、どちらが良い・悪いではなく、このアクセルとブレーキの「切り替え」と「メリハリ」です。この切り替えがスムーズであるほど、君のパフォーマンスは安定します。

なぜシステムエラーは起きるのか? ~起立性調節障害(OD)との関係~

では、なぜこの優秀なはずのシステムが、エラーを起こしてしまうのでしょうか。

それは、「睡眠不足」「精神的ストレス」「夏の暑さ」「栄養不足」「疲れ」といった負荷が、その人の許容量を超えて蓄積された時です。

これらの負荷は、自律神経のバランスを乱し、特にアクセル役である交感神経の働きを鈍らせます。その結果、立ち上がる時に必要な「血管を締めて、脳へ血を送る」という反応が遅れてしまい、一時的な脳血流の低下、すなわち立ちくらみや失神を引き起こすのです。

このような自律神経の機能不全が、一過性ではなく、慢性的に続く状態を「起立性調節障害(OD)」と呼びます。朝起きられない、頭痛がする、疲れやすいといった症状が続く場合は、こちらに該当する可能性もあります。今回の失神は、いわばその警告サインと捉えることもできるでしょう。

哲学医からの処方箋 ~君の身体システムを最適化する3つの生活習慣~

システムの不調に怯える必要はありません。原因が分かれば、対策は立てられます。君の身体という最高のシステムを、再び最高の状態に最適化するための、3つの具体的な生活習慣を処方します。

1.『飲む』習慣の最適化:水分と「塩分」はセットで摂る

  • なぜ?
    体内の水分(血液量)が減ると、血圧が下がり、脳へ送る血液が不足します。特に汗をかく夏場は、水分と同時に塩分も失われるため、水だけを飲むと血液が薄まり、かえって体の不調を招くことがあります。
  • 具体的にどうする?
    • 朝起きた時、運動の前後、勉強の合間など、時間を決めてコップ一杯の水分を摂る習慣をつけましょう。
    • その際、梅干しを一つ食べる、味噌汁を一杯飲む、市販の経口補水液塩分タブレットを活用するなど、意識して塩分を補給してください。

2.『眠る』習慣の最適化:8時間の睡眠は、最高の自己投資である

  • なぜ?

睡眠は、単なる休息ではありません。脳の情報を整理して記憶を定着させ(レム睡眠)、心身の疲労を回復させる(ノンレム睡眠)、自律神経のバランスをリセットするための、最も重要な時間です。

  • 具体的にどうする?
    • 目標は8時間。勉強時間を確保したい気持ちは分かりますが、睡眠を削ることは、学習効率の低下に直結します。
    • 寝る1時間前にはスマートフォンやPCの画面を見ない。部屋を真っ暗にする。ぬるめのお風呂にゆっくり浸かる。これらは、休息モード(副交感神経)への切り替えを助ける、効果的な儀式です。

3.『動く』習慣の最適化:身体の声に耳を澄まし、ゆっくり動く

  • なぜ?

急な動作、特に重力に逆らう「立ち上がる」という動きは、自律神経に大きな負荷をかけます。

  • 具体的にどうする?
    • 「二段階起床」を習慣にしましょう。目が覚めたら、すぐに起き上がらず、まずベッドの上で数秒座る。それからゆっくりと立ち上がります。
    • ソファから立ち上がる時も同様に、「いち、にの、さん」と心で数えながら、焦らずに行動してみてください。
    • もし「あ、危ないかも」という予兆を感じたら、プライドは捨てて、すぐにその場にしゃがみ込むか、座る。自分の体を守るための、最高の危機管理能力です。

保護者の方へ:お子様のためにできること

ご本人以上に、ご家族の不安は大きいことでしょう。しかし、焦りや過度な心配は、かえってお子様のプレッシャーになりかねません。

  1. 焦らず、しかし観察を:「また倒れるのでは」と過度に心配するのではなく、「生活習慣を整える良い機会だね」と、前向きな雰囲気を作ってあげてください。ただし、症状の頻度や様子は、冷静に記録しておくと受診の際に役立ちます。
  2. 環境を整える:朝、カーテンを開けて太陽の光を部屋に入れることは、体内時計をリセットし、自律神経の働きを整える上で非常に効果的です。
  3. 食事のサポート:水分・塩分補給を意識した食事(具沢山の味噌汁など)や、こまめに補給できるような飲み物・タブレットを用意しておくなど、具体的なサポートが大切です。何よりも、共に食卓を囲み、リラックスした時間を持つことが、心の栄養になります。

よくあるご質問(Q&A)

Q1. なぜ夏に特に起こりやすいのですか?
A. 汗で水分・塩分が失われやすい「脱水」と、屋内外の温度差による「自律神経の疲弊」が重なるためです。

Q2. スポーツドリンクではダメですか?
A. スポーツドリンクは糖分が多い傾向があります。運動時以外の日常的な水分補給としては、経口補水液や麦茶(+塩分)の方が適している場合があります。

Q3. 何科を受診すればいいですか?
A. まずは、かかりつけの小児科や内科にご相談ください。症状に応じて、循環器科や神経内科などの専門医への紹介が必要になる場合もあります。

Q4. すぐに治りますか?
A. 生活習慣の改善は、薬のように即効性があるものではありません。まさに「農場の法則」で、焦らず、しかし着実に続けることで、体質そのものが少しずつ改善していきます。数週間から数ヶ月単位で、気長に取り組むことが大切です。

結びにかえて:「金継ぎ」の哲学

今回の体からのサインは、君にとって、さぞ不安な体験だったことでしょう。
しかし、私は、これは決して悪いことだけではなかった、と断言できます。

なぜなら、この出来事によって、君は、自分の身体という、誰にも代わることのできない、かけがえのない資本と、真剣に向き合う機会を得たのですから。

私たちは、挫折や欠点という「ヒビ割れ」を、隠すべき傷ではなく、その人だけの美しい輝きを生む、最高の資産と捉える「金継ぎ」の哲学を大切にしています。

君が経験した今回の身体の不調は、君がこれからの長い人生を、より賢く、より健やかに生き抜くための術を学ぶ、絶好の機会(金継ぎ)なのです。

君のその誠実さは、君という存在の、最も美しい核です。
だからこそ、その魂の器である「体」という土台を、しっかりと整えてあげてほしい。そうすれば、君が積み上げてきた努力は、決して君を裏切ることはありません。

【結びの処方箋】

  • 不調を罰と捉えるな。
    それは、君の人生という物語を、より深くするための『意味ある休符』である。
  • 見えない土台を敬え。
    君のパフォーマンスは「自律神経」という、生命の土台の上に成り立っている。
  • そのヒビ割れこそ、資産と知れ。
    不調は、君をより強く、賢くするための、最高の学びの機会(金継ぎ)である。

この記事は、小児科医・哲学医である筆者の臨床経験と、医学的知見に基づいて執筆されています。ただし、症状が頻繁に起こる、胸の痛みや動悸を伴う、意識の回復に時間がかかるなどの場合は、自己判断せず、必ず医療機関を受診してください。

この記事を書いた人

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哲学医

哲学医の小森です。メスを哲学に持ち替えた小児外科医として、物事の「なぜ」を深く問い、人生の再生に向けた「思考の設計図」を描いています。挫折という「ヒビ割れ」を、その人だけの輝きに変える「金継ぎ」の哲学を探求しています。

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