【子育てのイライラ】つい物に当たってしまう自分にサヨナラ。心がスーッと軽くなる「小さな習慣」

【ドキッ】物に当たる姿、子どもに見られてますよ?イライラを“恵みの雨”に変える、たった一つの心の習慣

「もう!なんでこうなるの!」

こんにちは。3人の子育て真っ最中、そして「7つの習慣®」の考え方をお伝えしている、ライフコーディネーターのちあきです。

何を隠そう、ほんの少し前の私ときたら…。忙しさと焦りから、心に余裕がなくなり、つい、キッチンのシンクにマグカップを「ガチャン!」と置いてしまったり、閉めるドアが「バタン!」と大きな音を立ててしまったり。

そんな時、ふと視線を感じて振り返ると、そこには、私の姿をじっと見つめている子どもの姿が…。そして後日、子どもが同じように、おもちゃを投げるように片付けたり、ドアを乱暴に閉めたりするのを見て、胸がズキンと痛みました。

「物に当たっちゃダメだよ」

そう言いながら、一番できていないのは、この私自身。その自己矛盾に、落ち込んでしまうことも一度や二度ではありません。

もし、あなたが過去の私のように、「忙しさやイライラから、つい物に当たってしまう」「そんな自分を子どもが真似していて、自己嫌悪…」そんな風に感じているのなら、大丈夫。この記事を読み終える頃には、その罪悪感が、自分と家族を大切にするための、温かいエネルギーに変わっているはずですよ。

心に刺さった、渡辺和子さんの言葉「小さなことに心を込めて」

私がこの「負の連鎖」に気づき、立ち止まるきっかけをくれたのが、ノートルダム清心学園の元理事長であった、故・渡辺和子さんの「小さなことに心を込めて」という言葉でした。

渡辺さんがアメリカの修道院で生活していた時、何気なくお皿を配っていたら、神父様にこう諭されたそうです。

「一つひとつのことに心を込めなさい。その込めた心は、必ず相手に伝わるのですよ」と。

このエピソードを知った時、ハッとさせられました。
私が「ガチャン!」と置いたマグカップ。乱暴に閉めたドア。その一つひとつに、私のささくれた心が、無意識のうちに込められていたのです。そして、そのトゲトゲした心は、言葉にしなくても、子どもに、家族に、ちゃんと伝わってしまっていたのですね。

「所作」は、自分と相手を映し出す鏡

思えば、私も子どもの頃、母から「お茶碗は静かに置きなさい」「ふすまはそっと閉めなさい」と、よく言われたものです。当時は「うるさいなあ」くらいにしか思っていませんでしたが、今ならその意味が痛いほどわかります。

  • 物を「ガタン」と置くか、「そっと」置くか。
  • ドアを「バタン」と閉めるか、「静かに」閉めるか。

その小さな違いが、相手に与える印象を大きく変えてしまいます。「何か怒っているのかな?」「機嫌が悪いのかな?」と、無用な不安を与え、場の空気をピリつかせてしまう。自分ではそんなつもりがなくても、です。

それは、まるで家庭菜園で、石ころだらけの固い土に、無理やり種を植えようとするようなもの。これでは、健やかな芽は育ちませんよね(農場の法則)。

私たちの心の状態は、面白いほど正直に、日常の「所作」に現れます。そしてその所作は、巡り巡って、私たち自身の心のあり方や、大切な人との関係性そのものを創り上げていくのです。

今すぐできる!イライラを“恵みの雨”に変える3つのステップ

「でも、わかっていてもイライラしちゃう時はある!」
「丁寧な暮らしなんて、忙しくて無理!」

そう思いますよね。大丈夫、私も毎日が練習です。完璧じゃなくていいんです。一緒に、できることから始めてみませんか?

【ステップ1】「あ、今やったな」と、まず気づくだけで100点満点

イライラして、ついドアを強く閉めてしまった。その瞬間に、「あ、今、私バタンってやったな」と心の中で気づく。まずは、それだけで満点です!自分を責める必要はありません。自分を客観的に見る、その「もう一人の自分」を心の中に持つ練習です。

【ステップ2】「やってしまった後」のリカバリー魔法

気づけたら、次は「ごめんね」の魔法を使いましょう。
声に出さなくて大丈夫。心の中で、カップに「ごめんね」、ドアに「ごめんね」と呟いてみてください。そして、もし可能なら、家族に「ごめんね、お母さん今ちょっとイライラして、ドアを強く閉めちゃった」と伝えてみる。この「やってしまった後の、誠実な姿」こそが、子どもにとって何よりの学びになります。

【ステップ3】たった一つ、”ひいき”してみる

全てのものを丁寧に扱うのが難しければ、まずはお気に入りのマグカップ一つだけでも、”ひいき”して、慈しむように扱ってみてください。両手で包み込むように持ち、そっとテーブルに置く。その一つの丁寧な行為が、あなたの心に穏やかな波紋を広げ、ささくれた気持ちを少しずつ潤してくれます。

まとめ | 「愛」は、日々の小さな所作に宿る

「触れ合いの“あい”は愛」と、私はいつもタッチケアを通してお伝えしていますが、物に心を込めて触れることもまた、自分自身への、そして家族への、深く静かな愛情表現なのだと改めて感じています。

イライラして物に当たってしまう、そんな自分に気づくたびに、私たちは「金継ぎ」をするように、そのヒビ割れを、より深い優しさと誠実さで、美しい輝きに変えていくことができます。

大丈夫、完璧な親なんてどこにもいません。
失敗したっていいんです。そのたびに、「あ、今やったな」と気づいて、自分と、そして子どもと一緒にまた一つ、学んでいけばいい。そうやって私たちの人生は、少しずつ、でも確実に、豊かなハーモニーを奏でていく(LifeCrescendo)のですから。

この記事を書いた人

小森千明

ちあき

ライフコーディネーターの、ちあきです☀️ 夫である「哲学医」と共に、「愛は動詞」を信条として、家族やチームの温かい関係性を育むヒントを発信しています。

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