人生は、クレッシェンド。
だんだん豊かに、響き合っていくもの。

いま、つらさの中にいる方も。
家族の毎日を、もっと良くしていきたい方も。
始まりは、同じひとつの「土台」です。

まず、体を栄養で整える。
そして、心という器を豊かに満たす。
人生を支える、心と体という「両輪」。

この両輪を正しい順番で整えることで、
あなたの人生は、再び豊かに響き始めます。

— 心と体の栄養を学び、家庭で続けていくための場所 —
家族の「土台」から、一緒に整えていきます。

なぜ、頑張っているのに整わないのか

いま挙げたようなことは、たいてい「性格」や「気持ちの持ちよう」の話にされてしまいます。けれど、私たちが診療の現場で見てきたかぎり、多くの場合、そうではありません。

ものはあふれ、便利になりました。それなのに、日々の食卓のバランスは、かえって取りにくくなっています。何を食べればいいかという情報も、多すぎて選べません。

そして、栄養は食べものだけの話ではありません。体の栄養と、心の栄養。この二つが揃って、はじめて力になります。

けれど、選べるものが多すぎるいまの時代に、その二つを自分で見つけていくのは、簡単ではありません。

頑張りが足りないのでは、ありません

十分に頑張っておられます。むしろ、悲鳴を上げながら頑張っているのかもしれません。

体を動かすエネルギーも、心を安定させるホルモンも、免疫を守る力も——そのどれもが、材料がなければつくれません。その材料が「栄養」です。眠りも、環境も、人との関わりも大切です。そのうえで、いちばん見過ごされてきたのが、ご家族の「栄養」という土台でした。

土台が整ってくると、変化は、地味なところから出ます。朝、起きられる日が増える。同じ出来事でも、前ほど崩れなくなる。人の言葉が、刺さりすぎなくなる。

そうして少しずつ、やりたかったことに、手が届くようになります。

ただし、栄養が整うことがゴールではありません

整えばすべて解決する、という話ではないのです。

けれど整っていなければ、動くための土台がないまま、頑張るほかなくなります。それは、とても難しいことです。

そしてもうひとつ、大事なことがあります。続けられることです。

知っていることと、続けられることは、違います

何を食べればいいか、調べればすぐに出てきます。それでも続かないのは、意志が弱いからではありません。続けられる形になっていないだけです。

ダイエットも同じです。方法はいくらでも見つかります。やることは、たいていシンプルです。シンプルだけれど、簡単ではない。そして人は、やっているうちに「何のためだったか」を忘れてしまいます。

スポーツでも、練習の方法は公開されています。それでも、コーチがつくかどうかで、到達する場所が変わります。

コーチがやっているのは、新しい知識を渡すことではありません。「何のためにやるのか」「どうなりたいのか」を、折に触れて思い出させること。そして、続けられる形に整えること。

私たちがやっているのは、知識を渡すことではありません。続けられるところまで、一緒に歩くことです。

私たちが向き合ってきた方たち

周りとなじめない。理由は自分でも分からないけれど、どこか浮いてしまう。学校に行けるか行けないか、そこで精一杯。あるいは通えてはいるけれど、なんとなく居場所がない。

それでいて、いいかげんに過ごしているわけではありません。一生懸命に生きていきたい。自分の道を持ちたい。しっかりした軸のある生き方をしたい。そう思っている。

それなのに、なぜか、合わない感じがする。

——これは、子どもだけの話ではありません。お父さん・お母さん自身が、職場や地域で同じ思いをしていることがあります。

検査は異常なし。それでも、困っている

医療の現場で行われるのは、診断と検査、そして治療です。病名をつけ、検査で確かめ、必要な薬を出す。それが、いまの日本の医療のかたちです。

栄養外来という場では、そこから一歩、奥へ入ります。医学的な病気ではないと判断したうえで、いま、その方の細胞がどう働いているかを見ます。バッテリーが上がりかけているのか。車体は動くのに、どこかが滑らかに回っていないのか。その理由を、細胞と分子のレベルまで下りて確かめます。

そのうえで食事の組み立てを伝え、必要に応じて、医療機関がサプリメントや薬を扱います

——ここまでは、確かなことです。理由も、意味も、お伝えできます。

難しいのは、その先です。それを、日々の暮らしの中で確かに続けていくこと。いちばん難しいのは、そこです。

続けることを、難しくしているもの

食べればいいのは、分かっている。栄養指導の内容も、その通りだと思う。サプリメントも効いている。——それでも、日々は揺れます。

学校での出来事があります。職場での出来事があります。仕事のペース、家族の体調、子どもの機嫌。心は、そのひとつひとつに応えてしまいます。

少しだけ、体の中の話をさせてください。

体の中でも、同じことが起きています。私たちの細胞は、血液そのものではなく、そのまわりを満たす液体——間質液といいます——に浸って生きています。目には見えず、検査の数字にも表れにくい。それでも、そこが乱れれば、細胞は本来の働きができません。

暮らしにも、同じものがあります。なくてはならないのに、見えにくい。数字に出ないから、変化を捉えることが難しい。

病院が引き受けるのは、多くの場合急性期です。悪くなった臓器を切り取り、命を救う。それは医療のいちばん大切な仕事です。けれど、日常の中にあるのは見えない慢性期です。

うまくいく日と、いかない日がある。それが体のせいなのか、心のせいなのか、環境のせいなのか。——その答えは、一人ではなかなか出せません。

だから、仲間と歩く場所にしました

コーチがつくかどうかで、到達する場所が変わる。先ほど、そう書きました。もうひとつ、同じくらい大きなものがあります。誰と一緒に歩くかです。

朱に交われば赤くなる、と言います。人は、周りの色に染まります。それは弱さではなく、人という生きもののつくりです。だとすれば、どの色の中に身を置くかという選択は、どの方法を選ぶかよりも、ずっと大きく効いてきます。

同じ方向を向いた人たちの中にいると、続けることが「頑張ること」ではなくなります。それが、その場所の当たり前になるからです。

だから私たちは、集ってくださる方を「お客様」とは呼びません。同じ道を歩く仲間だと思っています。

そして、成果が出るところまで行くには、教育という視点が要ります。私たちがこの事業を行っているのは、そのためです。

困りごとの中身は、二つあります

ひとつは、心の栄養——方向性やビジョンが見えないこと。もうひとつは、体のエネルギーが出ないこと

この二つを、理解し、実践するところまで伴走する。それが私たちの仕事です。

体を整えるのと同時進行で、心の方向性とビジョン、そして目指す場所を一緒に定めていく。どちらか一方では、動き出せないからです。

心と体は、別々に良くなっていくものではありません。一心一体です。

そして、まっすぐには進みません。一進一退です。二歩進んだと思ったら、三歩、五歩と下がる日があります。それが、生きるということでもあります。

私たちは、それを後退だとは考えていません。下がった日をどう越えるか。そこにこそ、成長の喜びがあると思っています。だから、その山も谷も含めて、一緒に挑戦していきたい。——そういう場所です。

その悩みは、裏返しです

困っているご本人もご家族も、実はもっと自分の可能性を試したいと思っています。もっとよく生きたい。人生を実りあるものにしたい。

その願いがあるからこそ、いまの状態が苦しいのです。裏返しの悩みだと、私たちは考えています。

枠に戻すのではなく、解き放つ方へ

私たちが向かうのは、社会の枠や、周りからの期待に合わせることではありません。

その子の可能性が解き放たれる方向へ、体を整える。家庭の空気をゆるめる。勇気と自信が戻ってくるまで、時間をかける。

そうして、自分の人生の荒波を、自分で切り開いていける体と心になっていく。

既存の仕組みや、社会の期待に合わせるのではなく、その子の特性と本質と強みを引き出しながら、そのうえで社会にしっかり関わっていける生き方。私たちが支えたいのは、そこです。

変わりたい気持ちは、いつも言葉になるとはかぎりません。それでも、ふとした表情に出ます。私たちは、その瞬間を、何度も見てきました。

どの時期の方にも

いま子育てをしている方だけの話ではありません。子育てがひと段落して、これから自分の人生を歩みたい方。これから家族をつくろうとしていて、いまの体力と心では到底そこへ向かえないと感じている方。選べるものが多すぎて、焦点が絞れないまま日々が過ぎていく方。

真面目に、毎日を生きている。それなのに、どこか不器用で、どうしたらいいのか分からない。

——そういう方に、いちばん届けたいと思っています。

私たちは、その方を「困った子」だとは考えていません。「困っている子」だと考えています。同じ子を、別の言葉で見るということです。そこから、たいていのことが変わりはじめます。

お子さんの場合は、小学生から高校生の年代が中心です。

枠に収まらないことは、エネルギーです

行き場のない強さは、たいてい「扱いにくさ」として語られます。そして、もっと静かな形もあります。

真面目すぎて、うまく立ち回れない。思いはあるのに、伝えるのが下手。何かを届けたい、役に立ちたい。それなのに、空回りしてしまう。

けれど私たちは、そこにあるのは強さだと考えています。

ただ、その強さは、体が整っていないとき、本人にも家族にも、まず困りごとの形で出てきます。行き場のないエネルギーは、いちばん近い人に向かうからです。

栄養が整うと、同じエネルギーの出方が変わります。その人が本来持っていた色が、性格が、価値観が、輪郭を持ちはじめます。

そして、志やビジョン、愛や勇気——もともとその人の中にあったものが、いちばん大きなエネルギーで、外へ届くようになります。届ける力がなかったのではありません。届けるための体が、まだ整っていなかっただけです。

ただし、自分らしく生きるということは、自分勝手とは違います。

自分らしさは、いまの時代よく称えられます。けれどそれは、自分さえよければいいということではありません。自分の色を、自分とは違う色と、どう響き合わせるか。そこにシナジーを起こせるかどうか。——身につけるべき力は、結局そこに尽きます。

それを社会の品位の中でできたとき、一人の力は、何人分にもなります。

枠に収まらない人が、社会から外れるのではなく、社会をより良くする側に立つ。

原則に沿って生きることは、楽をすることではありません

ちあきが育ったのは、三陸——岩手の海辺の町です。あの海のいちばんおいしいものは、断崖を降りた先にあります。富士山も、遠くから見れば美しく、近づけば命に関わります。自然は、美しいものであると同時に、厳しいものです。

原則に沿って生きるというのも、それと同じです。楽な道でも、自分さえよければいいという道でもありません。人生百年と言われる時代に、自分の軸を一本、立てるということです。

私たちはそれを農場の法則と呼んでいます。種を蒔き、水をやり、雑草を抜く。飛ばせる工程はありません(スティーブン・R・コヴィー『7つの習慣』)。

近道はご案内できません。けれど、耕し続けた土からしか、実りは出てきません。

——そして、その先があります。

調べれば、たいていの答えが出てくる時代です。人生の設計図も、先の見通しも、検索すれば手に入る。それなのに、どこかで物足りなさを感じている方がいます。

その物足りなさは、まだ使われていないエネルギーの音だと思っています。

自分の人生のリーダーシップを、自分で取る。そして、志を同じくする仲間と、磨き合う。

私たちが最後に届けたいのは、そこです。

私たちは、枠の外から来ました

ちあきのこと

原点は、保育園のころにあります。仲のよい女の子がいました。その子は、言葉を話しませんでした。

どうしても、その子と話がしたかった。「おはよう」だけでもいい。そう思って、毎日、自分なりのやり方で働きかけ続けました。

ある日、靴を履いているときに名前を呼んだら、「おはよう」と返ってきました。

高校生になって進路を決めるとき、思い出したのは、その一言でした。そうして、特別支援学校の教員になりました。

実はちあき自身、四歳まで言葉が出ませんでした。言葉が遅かった子が、言葉の出ない友達と、どうしても話したかった。——ちあきという人は、そこから始まっています。

育ったのは、岩手の海辺の町です。親戚に漁師がいて、食卓にはいつも、とれたての魚が並んでいました。栄養の話をするとき、ちあきが最初に思い出すのは、栄養素の名前ではありません。あのころの食卓です。

正義感の強い人でもあります。おかしいと思ったことを、そのままにしておけない。そのぶん、つらい時期も、いくつも通ってきています。

それでも、人が動きます。明るさと、そこにいてくれるということと、先に動きだす力で。説明ではなく、姿で伝わる人です。

何か問題が起きても、反省で止まりません。「では、次に何ができるか」へ、すぐに体が向く人です。

説明は、教材の役目にしました。いまも、よどみなく話すタイプではありません。言葉で伝えることは、資料と講義に任せています。ちあきがやるのは、その先——続かない日をどう越えるかを、一緒に考えることです。

——身内が言うことです。それでも、いちばん近くで、いちばん長く見てきたのは私です。

私は、うまくいかない理由なら、いくらでも数えられる人間でした。その隣で、いつも先に動きだしていたのが、ちあきです。理屈ではありませんでした。明るさでした。

私の人生に色がついたのは、そこからです。いちばん救われてきたのは、私自身です。

言葉が出るのが遅い子が、人を照らす大人になることがあります。私は、それを間近で見てきました。

小森のこと

そして私自身も、その「枠に収まりきらない」側の子どもでした。

学校に行けませんでした。人と関わるのが苦手でした。集団になじめませんでした。理由は自分でも分からないまま、ずっとどこか浮いていました。

やりたいことはある。夢もある。それなのに、仲間の輪にどう入っていけばいいのか、その関わり方が分からない。——ずっと、そうでした。

医師になってからも、チームで動くことが苦手でした。外科を志したときには、「君は向いていない」と言われました。

それでも、続けました。

だから、これは他人事の仕事ではありません。

世の中の形に、うまくはまらない。
それでも、自分の場所で懸命にやっている。

そういう方たちと、一緒に歩きたいと思っています。

“体の土台”から始める、3つのステップ

代表 / 心と体の栄養カウンセラー / ライフコーディネーター | ちあき
栄養カウンセラー、元特別支援学校教員、3児の母。
子どもの癇癪や落ち着かなさに悩んだ時期があり、食事を整えるところから家族の毎日を立て直してきた。
Podcast『愛でいっぱいまるまるタッチ』200回超・毎週配信中。
すべての経験を活かし、ご家族の日常に寄り添う「伴走者」です。
監修医師|小森 広嗣


小児外科専門医・医学博士。
高度専門医療と地域医療の、両方を通ってきました。
解剖学的な視点と分子栄養学の知見で、
教材の医学的な土台を支えます。

あなたの家族が持つ、本来の輝きを引き出しませんか。

一人で悩まず、私たち専門家と一緒に、最初の一歩を踏み出してみませんか。

どこから始めればよいか分からなくても、大丈夫です。

🎧 まず知りたい方へ → Podcast『愛でいっぱいまるまるタッチ』(毎週配信。私たちの考え方に触れられます)

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