私たちの考え方

診察室の外側で、起きていること

ここは、トップページに書ききれなかった「なぜ」を置いておく場所です。私たちが何を見て、何を考えて、この場所をつくったのか。お急ぎでなければ、お付き合いください。

私たちが向き合ってきた方たち

周りとなじめない。理由は自分でも分からないけれど、どこか浮いてしまう。学校に行けるか行けないか、そこで精一杯。あるいは通えてはいるけれど、なんとなく居場所がない。

それでいて、いいかげんに過ごしているわけではありません。一生懸命に生きていきたい。自分の道を持ちたい。しっかりした軸のある生き方をしたい。そう思っている。

それなのに、なぜか、合わない感じがする。

——これは、子どもだけの話ではありません。お父さん・お母さん自身が、職場や地域で同じ思いをしていることがあります。

検査は異常なし。それでも、困っている

医療の現場で行われるのは、診断と検査、そして治療です。病名をつけ、検査で確かめ、必要な薬を出す。それが、いまの日本の医療のかたちです。

栄養外来という場では、そこから一歩、奥へ入ります。医学的な病気ではないと判断したうえで、いま、その方の細胞がどう働いているかを見ます。バッテリーが上がりかけているのか。車体は動くのに、どこかが滑らかに回っていないのか。その理由を、細胞と分子のレベルまで下りて確かめます。

そのうえで食事の組み立てを伝え、必要に応じて、医療機関がサプリメントや薬を扱います

——ここまでは、確かなことです。理由も、意味も、お伝えできます。

難しいのは、その先です。それを、日々の暮らしの中で確かに続けていくこと。いちばん難しいのは、そこです。

続けることを、難しくしているもの

食べればいいのは、分かっている。栄養指導の内容も、その通りだと思う。サプリメントも効いている。——それでも、日々は揺れます。

学校での出来事があります。職場での出来事があります。仕事のペース、家族の体調、子どもの機嫌。心は、そのひとつひとつに応えてしまいます。

少しだけ、体の中の話をさせてください。

体の中でも、同じことが起きています。私たちの細胞は、血液そのものではなく、そのまわりを満たす液体——間質液といいます——に浸って生きています。目には見えず、検査の数字にも表れにくい。それでも、そこが乱れれば、細胞は本来の働きができません。

暮らしにも、同じものがあります。なくてはならないのに、見えにくい。数字に出ないから、変化を捉えることが難しい。

病院が引き受けるのは、多くの場合急性期です。悪くなった臓器を切り取り、命を救う。それは医療のいちばん大切な仕事です。けれど、日常の中にあるのは見えない慢性期です。

うまくいく日と、いかない日がある。それが体のせいなのか、心のせいなのか、環境のせいなのか。——その答えは、一人ではなかなか出せません。

だから、仲間と歩く場所にしました

コーチがつくかどうかで、到達する場所が変わる。先ほど、そう書きました。もうひとつ、同じくらい大きなものがあります。誰と一緒に歩くかです。

朱に交われば赤くなる、と言います。人は、周りの色に染まります。それは弱さではなく、人という生きもののつくりです。だとすれば、どの色の中に身を置くかという選択は、どの方法を選ぶかよりも、ずっと大きく効いてきます。

同じ方向を向いた人たちの中にいると、続けることが「頑張ること」ではなくなります。それが、その場所の当たり前になるからです。

だから私たちは、集ってくださる方を「お客様」とは呼びません。同じ道を歩く仲間だと思っています。

そして、成果が出るところまで行くには、教育という視点が要ります。私たちがこの事業を行っているのは、そのためです。

困りごとの中身は、二つあります

ひとつは、心の栄養——方向性やビジョンが見えないこと。もうひとつは、体のエネルギーが出ないこと

この二つを、理解し、実践するところまで伴走する。それが私たちの仕事です。

体を整えるのと同時進行で、心の方向性とビジョン、そして目指す場所を一緒に定めていく。どちらか一方では、動き出せないからです。

心と体は、別々に良くなっていくものではありません。一心一体です。

そして、まっすぐには進みません。一進一退です。二歩進んだと思ったら、三歩、五歩と下がる日があります。それが、生きるということでもあります。

私たちは、それを後退だとは考えていません。下がった日をどう越えるか。そこにこそ、成長の喜びがあると思っています。だから、その山も谷も含めて、一緒に挑戦していきたい。——そういう場所です。

その悩みは、裏返しです

困っているご本人もご家族も、実はもっと自分の可能性を試したいと思っています。もっとよく生きたい。人生を実りあるものにしたい。

その願いがあるからこそ、いまの状態が苦しいのです。裏返しの悩みだと、私たちは考えています。

枠に戻すのではなく、解き放つ方へ

私たちが向かうのは、社会の枠や、周りからの期待に合わせることではありません。

その子の可能性が解き放たれる方向へ、体を整える。家庭の空気をゆるめる。勇気と自信が戻ってくるまで、時間をかける。

そうして、自分の人生の荒波を、自分で切り開いていける体と心になっていく。

既存の仕組みや、社会の期待に合わせるのではなく、その子の特性と本質と強みを引き出しながら、そのうえで社会にしっかり関わっていける生き方。私たちが支えたいのは、そこです。

変わりたい気持ちは、いつも言葉になるとはかぎりません。それでも、ふとした表情に出ます。私たちは、その瞬間を、何度も見てきました。

どの時期の方にも

いま子育てをしている方だけの話ではありません。子育てがひと段落して、これから自分の人生を歩みたい方。これから家族をつくろうとしていて、いまの体力と心では到底そこへ向かえないと感じている方。選べるものが多すぎて、焦点が絞れないまま日々が過ぎていく方。

真面目に、毎日を生きている。それなのに、どこか不器用で、どうしたらいいのか分からない。

——そういう方に、いちばん届けたいと思っています。

私たちは、その方を「困った子」だとは考えていません。「困っている子」だと考えています。同じ子を、別の言葉で見るということです。そこから、たいていのことが変わりはじめます。

お子さんの場合は、小学生から高校生の年代が中心です。

原則に沿って生きることは、楽をすることではありません

ちあきが育ったのは、三陸——岩手の海辺の町です。あの海のいちばんおいしいものは、断崖を降りた先にあります。富士山も、遠くから見れば美しく、近づけば命に関わります。自然は、美しいものであると同時に、厳しいものです。

原則に沿って生きるというのも、それと同じです。楽な道でも、自分さえよければいいという道でもありません。人生百年と言われる時代に、自分の軸を一本、立てるということです。

私たちはそれを農場の法則と呼んでいます。種を蒔き、水をやり、雑草を抜く。飛ばせる工程はありません(スティーブン・R・コヴィー『7つの習慣』)。

近道はご案内できません。けれど、耕し続けた土からしか、実りは出てきません。

——そして、その先があります。

調べれば、たいていの答えが出てくる時代です。人生の設計図も、先の見通しも、検索すれば手に入る。それなのに、どこかで物足りなさを感じている方がいます。

その物足りなさは、まだ使われていないエネルギーの音だと思っています。

自分の人生のリーダーシップを、自分で取る。そして、志を同じくする仲間と、磨き合う。

私たちが最後に届けたいのは、そこです。

——そのうえで、私たちがすること

ここまでが、私たちの見ている風景です。では、実際に何から始めるのか。順番があります。

“体の土台”から始める、3つのステップを見る